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浦和地方裁判所 平成2年(ワ)1296号 判決

原告

品田昭二

ほか一名

被告

浦和市

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告らに対し三一三九万七八三八円及びこれに対する平成元年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

品田千代子(以下「千代子」という。)は、平成元年一〇月二三日午後〇時一〇分ころ、浦和市町谷四丁目一八番五号先の道路上を南方の同市新開方面から北方の同市道場方面へ向かつて自転車で進行中、油面川に架かる弁天橋から川中に転落し、ほぼ同時刻ころ溺死した(以下、これを「本件事故」という。)。

2  被告らの責任

(一) 弁天橋は被告浦和市(以下「被告市」という。)が設置し管理している公の営造物であるところ、本件事故当時、油面川については、弁天橋の上下流約一六〇メートルにわたつて、被告市による鴨川左岸第三、第四排水区内油面川改修工事が施工されており、工事の都合上、弁天橋の欄干は取り除かれ、これに代わる施設として通称「馬」と呼ばれる軽量のA字型をしたバリケード三基が一体として結び合わされ、置かれていた。しかしながら、右バリケードは高さ(約〇・七七メートル)が低く、極めて軽量(一基三・五キログラム)なものであり、三基が連結されていたとはいえ、何らかの原因で自転車に乗つた人が倒れかかれば、容易に横転してしまい、人の川中への転落を防止するには不十分なものである。したがつて、右のように工事中一時的に欄干を取り除かれた橋が一般の通行の用に供される場合において、これがそれに必要な安全性を備えているというためには、前記のような事故の場合、欄干に代えて、転倒した人を支えて川中への転落を防止できる程度の強度を有するバリケード、フエンス等の施設を備えておく必要がある。千代子は自転車で弁天橋上を通行中、何らかの原因でバリケードに倒れかかり、これが千代子の体重を支えきれなかつたため川中へ転落し、その結果、気道内に泥砂を含む大量の水を吸引し死亡したものである。したがつて、本件事故は、被告市による弁天橋の管理上の瑕疵によつて生じたものであるから、被告市はこれによつて千代子に生じた損害を賠償すべきである。

(二) 被告三和工業株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告市から前記河川改修工事を請け負い、施工していた会社であるが、工事の必要上、弁天橋の欄干を取り除くのであれば、そのために通行人が誤つて川中に転落することがあり得ることを予見し、そのような事故の発生を防止するために、欄干に代えて前記のような施設を設置するか、もし、工事の手順等の関係でこれが困難であるのならば、橋の両端若しくは少なくとも片方に保安要員を配置して、通行者に必要な指示を出すなどして未然に事故の発生を防止し、万一、転落事故が発生した場合には早急に対処して重大な結果を発生させないような保安体制をとる義務があるのに、これを怠つた。そのために本件事故が発生したのであるから、被告会社はこれによつて千代子に生じた損害を賠償すべきである。

3  損害

(一) 葬儀費用 一〇〇万円

(二) 逸失利益 五三九万七八三八円

(1) 千代子の事故当時の年収

千代子は、本件事故当時浦和市西堀一四一二番地所在の野々村商店に勤務して月額八万三二二〇円の収入を得ていた(税引き後)。したがつて、その年収はその一二か月分、九九万八六四〇円である。

(2) 生活費控除率

一家の主婦として三〇パーセントとするのが相当である。

(3) 就労可能年数

厚生省発行の昭和六二年度生命表による平均余命二〇年(千代子は死亡時年齢六四歳)の二分の一、一〇年とみるのが相当である。

(4) 算出金額

九九万八六四〇円×(一-〇・三)×七・七二一七(ライプニツツ係数)=五三九万七八三八円

(三) 慰藉料 二五〇〇万円

千代子は予想もできない不慮の事故のため一命を失つたのであり、その精神的苦痛に対する慰藉料は二五〇〇万円とするのが相当である。

(相続)

原告品田昭二は千代子の夫であり、原告八巻みどりはその子であるところ、原告らは相続により千代子の被告らに対する以上の合計三一三九万七八三八円の損害賠償請求権を承継した。

よつて、原告らは被告市に対しては国家賠償法第二条に基づき、被告会社に対しては民法第七〇九条に基づき、各自右三一三九万七八三八円及びこれに対する本件事故の日である平成元年一〇月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、弁天橋が被告市において設置し管理している公の営造物であること、本件事故現場付近で河川改修工事が施工されていたこと、当時、工事の都合で弁天橋の欄干が取り除かれ、バリケードが設置されていたこと、バリケードの重量、高さは認めるが、その余の事実は否認し、法律上の主張は争う。

右バリケードは、三基が連結されており、その連結方法はそれぞれのバリケードの上部に鉄製のアングル(長さ四メートル)を通して八番線(JIS規格のなまし鉄線径四ミリメートル)の針金でこれをバリケードに結びつけるという方法によつており、バリケードの下部(脚の部分)は八番線の針金で橋の下部のアンカーボルトと結びつけられ、固定されていた。したがつて、通行人がバリケードに接したり、倒れかかつた程度ではこれが横転するようなことはあり得ない。

3  同3の事実のうち、千代子と原告らとの身分関係は認めるが、その余の主張は争う。

(被告らの主張)

被告会社は、弁天橋上での作業を実施するに当たつては、橋及び付近道路上における車両や人の通行の安全を確保し、危険防止のため要所に工事表示板、回転灯、投光機等を設置し、作業時には弁天橋上の通行を全面的に禁止するとともに、三人の監視員を配置し、う回路への誘導等に当たらせていた。作業時以外の時間帯には、近くの浦和総合流通センターや浦和卸売市場などへの車両や人の出入りがあるため通行禁止を解除していたが、その間は、前記のとおり、A字型バリケード三基を結束して一組とした防護柵を欄干に代えて橋の東西の両側に二組ずつ設置しておいた。したがつて、橋上を通行する車両や人については、車両の運転者等が社会通念上一般的要求される程度の注意を怠らないかぎり、これらの措置によつて通行の安全は十分に確保され、危険を防止することができたのである。したがつて、被告会社にはこの点について過失はない。

被告市は、油面川改修工事を発注するに当たつては、被告会社に対し交通上の安全対策につき個別、具体的な指示をし、指導をした。工事着工後は、毎日、係員が現地の巡視パトロールをし、前記のような安全措置が講じられていることを確認している。したがつて、被告市による弁天橋の管理については瑕疵はない。

千代子は、本件事故当日、勤務先である浦和流通センター内の野々村商店から帰宅途中事故に遭遇したのであるが、前記防護柵を押し倒して自転車もろとも川中へ転落しており、発見されたときは頭部を下流に向け、両腕を脇につけ、うつ伏せの状態にあり、転落した際にもがき苦しんだ形跡は全くみられなかつた。千代子の司法解剖の結果によれば、大脳左半球シルビウス溝周囲を主として薄層のくも膜下出血が数個あり、やや重傷であることが判明した。千代子は、昭和五九年一〇月三一日高血圧症及び眩暈症のため浦和市内の松谷内科医院で手当てを受けたのをはじめ、その後毎月二ないし四回の割合で通院し治療を受けており、本件事故直前である平成元年一〇月一六日にも通院している。そのほか、千代子は通勤のため毎日のように弁天橋を通行しており、ここで工事が行われていて、橋の状況がどうなつているのかは充分認識していたことを合わせ考えると、千代子は自転車で弁天橋を渡つている途中、突然脳血管が破裂し意識不明に陥つて自転車に乗つたまま川中へ転落し溺死したものと思われる。そうであるとすれば、本件事故は不可抗力によるものであり、被告らに責任はない。

三  抗弁―過失相殺

仮に被告会社が弁天橋についてとつた前記安全措置に不備があり、過失責任が認められるとしても、事故当時、弁天橋については前記のような安全措置が講じられていたことからすれば、本件事故は千代子による自転車の運転操作の誤りに起因する部分が大であり、損害額を算定するに当たつてはこのことを斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。

理由

一  本件事故の発生の事実及び弁天橋が被告市において設置し管理している公の営造物であることはいずれも当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、乙第一号証、第四号証の一、丙第一号証の一ないし五、油面川改修工事の状況を撮影した写真であることに争いのない乙第二号証の一ないし五、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第四号証の二、証人青木洋進の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第四号証の二、証人矢部利知の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は浦和市町谷四丁目付近において東方から西方へ流れる油面川(西方の鴨川へ注ぐ)を、南方の同市新開方面から北方の同市道場方面へ通ずる道路が横切る地点であり、ここにはコンクリート製の弁天橋が設けられている。

2  本件事故当時、油面川については、弁天橋の上流約一二七メートル、下流約三〇メートルの区間にわたつて、被告市による鴨川左岸第三、第四排水区油面川改修工事が施行されていた。この工事は、川幅を広げるため両岸に矢板を打ち込み、コンクリートで護岸をするとともに、川底を約一メートルほど掘り下げるというものであり、当時は、弁天橋を挟んで上下流両側で工事が進められており、その必要上、弁天橋の欄干は取り除かれていた。

3  被告市から右工事の施工を請負い、これを実施していたのは被告会社であり、被告会社は、弁天橋及び付近の道路上における車両や人の通行の安全を確保し、危険を防止するための措置として、要所に、工事表示板、回転灯、投光器等を設置するとともに、作業時には橋の通行を全面的に禁止し、三名の監視員をおいてう回路への誘導等に当たらせていた。しかし、作業時以外の時間帯には、近くにある浦和総合流通センターや浦和卸売市場などへの車両や人の出入りがあるため通行禁止を解除していた。この場合、被告会社は、取り除いた橋の欄干に代えて、通称「馬」と呼ばれるA字型をした高さ約〇・七七メートル、重さ三・五キログラムのバリケード三基の上部を鉄製アングルで連結し、これを八番線(JIS規格による)の針金で結び付けたものを一組として、これを橋の東西両側に二組ずつ設置し、その下部を八番線の針金で橋の下にあるアンカーボルトに結び付けて固定しておいた。このバリケードは恒常的に設置されるものではなく、通行が禁止され、橋の上で作業が行われる場合には、別の場所に移し置かれ、作業が終了して通行禁止が解除されると、元のように戻されるという一時的な施設である。

4  弁天橋付近においては、南方から北方へ通じる前記道路の幅員はおおよそ五メートルほどであり、近くに浦和総合流通センターや、浦和卸売市場があるため早朝から午前一〇時ころまでは車両や人の交通はかなり混雑するが、浦和総合流通センター等における業務が一段落する午前一一時ころからは交通量は急激に減少し、人の往来さえ稀となる。被告市は、前記河川改修工事を発注するに当たり、被告会社との間で、予め弁天橋上で作業を行う際の交通上の安全対策について打合せをし、個別、具体的な指示を与えるとともに、毎日、現地に係員を派遣して巡視パトロールを実施させていたが、その際、被告会社がとつた前記のような安全対策上の措置については特に不十分であるとの認識はなかつた。

5  千代子は、弁天橋近くの浦和総合流通センター内にある野々村商店において毎日早朝から正午ころまで物品の運搬等の業務に従事しており、本件事故の日も、勤務を終えて帰宅するため自転車で前記道路を南方から北方に向かつて進行し、弁天橋に差し掛かつた際、本件事故に遭遇したものである。発見されたとき、千代子は油面川の川底に頭部を下流に向け、両腕を脇につけてうつ伏せの状態にあり、乗つていた自転車も近くの川底に転落していた。事故後、橋の下流側に置かれた前記三基一組のA字型バリケードのうち、西北側に置かれた一組のうちの二基が橋から擦り落ち、川面をのぞくようにして垂れ下がつていた。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、千代子は自転車で弁天橋を通行中、かなりの勢いで橋の西側に設置されたA字型バリケードに衝突したと推認できるのであり、このとき、橋上にこの勢いを支えるに足りる強度を有するバリケード、フエンス等の施設が設置されていたとすれば、千代子の川中への転落を防止できたことは原告ら主張のとおりである。また、転落は防止できなかつたとしても、原告ら主張のように、現地に保安要員が配置されていたとすれば、千代子は速やかに救助され、一命を取り止める可能性もあつたことは成立に争いのない甲第八号証の二によつてこれを認めることができる。しかしながら、これらの点についての原告らの主張は、千代子が弁天橋から転落し、死亡したという結果発生後の時点において、事前にどのような措置が講じられていたとすれば、この結果を回避することができたかという観点に立つてはじめていえることであつて、これらの措置が講じられていなかつたことを直ちに被告市による弁天橋の管理に瑕疵があるとか、被告会社に過失があるとかの判断の根拠とすることはできない。

元来、本件事故当時、被告会社によつて弁天橋上に設置された前記A字型バリケードは、橋上を通行する車両や人の転落事故の発生を防止するためのものではなく、橋上を通行する車両の運転者や通行人に対して工事が行われていることを告知し、東西両側に設置された前記A字型バリケードの内側を通行するように指示するための施設である。そして、このような施設が設置されていれば、通常、橋上を通行する車両の運転者や通行人は、相当の注意を怠らないかぎり、自ずからバリケードに接近し、その外側に出ることの危険を察知して、適切な回避行動をとることが期待できるのであり、それにもかかわらず、千代子が乗つていた自転車もろとも前記A字型バリケードを押し倒して川中へ転落したというのは極めて異常なことであり、事故発生前の時点において、被告らがこのような事態の発生を予見することは困難であつたというべきである。そうであるとすれば、被告会社が原告ら主張のような交通上の安全確保の措置をとらなかつたからといつて、これを被告会社の過失であるということはできないし、被告市が被告会社に対し、そのような措置を要求しなかつたからといつて、被告市による弁天橋の管理について瑕疵があつたということはできない。

三  結論

よつて、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎 小林敬子 佐久間健吉)

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